2018年07月11日

ノシベとロシアと近代日本

サッカーW杯 ロシア大会も
いよいよ終盤ですね。

そんな中、
「ノシベとロシアと近代日本」という謎の表題。

一体どんなつながりが・・・???
ワクワクするでしょ^^

ノシベ3-2.jpg
(画像は国内CBノシベ)


ノシベ

このマダガスカル西海岸に浮かぶ小島は
パンサーカメレオンの中でも
特に名の知られたローカリティ「ノシベ」の棲息する
カメレオン好きにとっては
ある意味聖地のような島。

このノシベにおける
20世紀の初めの出来事です。


時は日本が欧米列強による植民地化を恐れて
必死に富国強兵を進めていた時代。

南下政策を進めるロシアとの
決戦の時がいよいよ迫っていました。

日本海海戦に向かうロシアのバルチック艦隊
補給や修理のため
マダガスカルのノシベに寄港します。

寄港したのが
なぜノシベなのか???というところが
当時の世界情勢のキーポイントです。

日本は当時世界最強最大の大英帝国と日英同盟を結んでいました。
一方、マダガスカルは当時フランスの植民地でした。

そのためバルチック艦隊は
イギリスの勢力圏では補給を得られず、
やむなくフランス領のマダガスカルに寄航するしかなかったのです。

ただ、当時英仏の関係も良好であったらしく
ノシベでの補給も数週間待たされたあげく、
マラリアその他の熱帯病で多くの犠牲者を出し、
艦隊は戦闘意欲の著しい低下を被った。

1905年5月27日、
バルチック艦隊は対馬沖で東郷平八郎率いる連合艦隊と遭遇。
結果、世界最大・最強レベルと思われていたロシアの巨大艦隊は
日本海で忽然と消滅した・・・・

これがよく知られた日露戦争における
日本海海戦の歴史です。

ノシベにおける
バルチック艦隊の疲弊がなかったら・・・???
近代日本と世界の歴史は変わっていたかもしれません。


バルチック艦隊の乗組員たちは
地球の果ての小さな島ノシベ滞在中に
いったい何を見て、何を考えていたのでしょうか?

もしかしたら
カメレオンに遭遇し、
その怪しげな美しさに
自らのその後の運命の暗示を感じとった
兵士がいたかもしれません

ノシベ2-3.jpg


posted by カメレオン・ハート at 03:08| 和歌山 ☀| Comment(0) | パンサーカメレオン ノシベ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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